ルアンパバーンの孤独

夜行バスに乗って10時間、早朝ルアンパバーンに着いた。バスターミナルから4キロほど歩いてやっと見つけた小綺麗なカフェ。わたしはそこでサンドイッチとコーヒーを頼んだ。
ルアンパバーンの街は静かで品がある。道をゆく女性は刺繍の綺麗なスカートを身に纏っていて、手に野菜やバゲットを持って少し忙しそうにしている。
今日の宿を探しながら窓の外を眺めていると時間はゆっくりと過ぎていく。バイクのエンジン音は1秒たりとも休みなく響いていたが心地良かった。
泊まるゲストハウスは閑散としているが洒落っ気のある通りにあった。チェックインを済ませベッドに横になる。男女8人部屋であり、それぞれのベッドの柵には色鮮やかな洗濯物がいくつも干してあり、窓から吹く風と天井から吹く埃のかぶった扇風機の風で揺れていた。揺れの酷い夜行バスであまり眠れなかったためすぐに意識を失った。
目を覚ますと夕暮れ時で、同じ部屋の外国人とハローと挨拶を交わす。髪を結って部屋を出るとバイクの音が聞こえ出す。野良犬と野良猫が数匹常に視界に入っている光景も慣れてきた。
歩いて7分のところにある薬草サウナに行くことにした。地元の人たち御用達のサウナで、価格も安く外国人もいないためホッとした。薬草の匂いが充満する灯りのない密室でジワジワと身体から液体の出てゆく感覚を味わう。休憩室ではルイボスティーを飲みながら会話を交わす人々。何を話しているかは分からないが心地よかった。1時間ほど滞在し、ビールを飲むためにサウナを後にした。
灯りのお洒落な適当な店に入り、近くにいた見知らぬ人と乾杯をした。ルアンパバーンは乾杯のことをカッパイと言うらしく、嘘か本当かは分からないが、似てるねなどと会話をした。ラオスの誇るビアラオはさらりと喉を通り胃へ辿り着く。一緒に頼んだ料理をつまみながら近寄ってくる野良猫と睨めっこをしながら時を過ごした。
ビアラオが空っぽになったため、ナイトマーケットに行くことにした。地図を見て、プーシーの丘を途中まで登り反対側に出るルートが近いため、丘を登った。アルコールを含んだ体は心拍数が早くなっていて、階段を登るたびに呼吸も早くなっていった。自分の頭骨動脈に指を当てた。脈拍に合う音楽を探してイヤホンから流した。
ルアンパバーンのナイトマーケットは、タイやベトナムと違って静かで落ち着いたナイトマーケットだった。過剰な呼び込みは一切なく、ゆっくり回ることができた。ナイトマーケットでは赤ワイン、白ワイン、ウイスキーの試飲をしてほろりと酔って、おさかなの刺繍のはいったポーチを買った。特有の値切りの文化を堪能し、困った顔をした婦人にお礼を伝えた。買うつもりはなくとも、買うふりをして値切り、モノの相場を調べる作業にはいった。これが面白くって癖になるのだ。「いくら?」「2000kip」「高い、安くして」「18000kip」「高い、10000kip」「15000kip」「あと少し、お願い」「13000kip」「お願い、10000kip」「11000kip」「もう無理?」「無理」「じゃあまた後で来る」「はいはいわかった、10000kipでいいよ」こんなやり取りを永遠と繰り返す。英語でもラオス語でもない、よくわからない単語とジェスチャーとボディタッチのコミュニケーションである。戯れあいのようなもので、お互い終始笑顔だ。
ゲストハウスに帰る途中、橋を見つけた。ナム・カーン川を繋ぐ竹で作られた橋に不安を抱きながら、ギシギシと揺れるその橋を渡った。辺りは暗く、下を見ても川は見えないが水の流れる音がした。岸辺で何かを釣ってる人々がいた。橋から降りると足元は砂浜だった。足の裏に伝わる優しい感触を楽しみながら、砂浜に転げていた丸太まで歩き腰を下ろした。
曇っていて星は数えられるほどしか見えなかったが、わたしは丸太の上に仰向けになり天を仰いだ。気持ちのよい孤独だった。銀杏BOYZの新訳 銀河鉄道の夜を聴いた。聴きながら少し泣いた。あなたは僕のはじまりで、あなたは僕の終わり。たばこに火をつけた。孤独の味がして、また泣けてきた。今日は気持ちのいい夜だ。気がつくと、この砂浜で2時間も寝そべっていた。ゲストハウスにも日本にもどこにも戻りたくないようなきもちだった。
好きな人のことを考えて、重い足と身体を砂浜から逃げるようにベッドに持って帰った。